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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)183号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対して昭和五七年三月二九日付でなした原告を重懲戒七年に処する旨の判定は無効であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神により、教義を宣布し、儀式を執行し、社会教化に必要な公益事業を行なうこと等を目的として昭和二七年四月一〇日に設立された宗教法人であり、本山本願寺を中心として、寺院、教会その他の所属団体、僧侶および檀徒、信徒を包括する宗門である。

(二) 原告は被告の僧侶であり、昭和四七年八月二五日、当時の被告の管長であった大谷光暢により、被告の被包括宗教法人である井波別院瑞泉寺(以下、「本件別院」という。)の輪番に任命された者である。

2  本件懲戒処分

(一) 被告における懲戒処分手続の概要

被告は、その包括する僧侶について非違行為があったときは懲戒処分をなすこととして、刑事訴訟類似の手続を定め、その実施にあたる機関を設けている。その内容を詳論すると、以下のとおりとなる。

まず、被告は、内部規範として懲戒条例を制定し、具体的な非違行為の内容とそれに対する処分種目(除名、重懲戒、軽懲戒、謹慎、譴責の五種類がある。)を定め、非違行為を行なった僧侶に対し、所定の懲戒処分を科すこととしている。

次に、被告は、懲戒実施機関につき、審問院組織条例を制定して審問院(裁判所および検察庁に相当する。)を設置し、また、審問条例を制定して右審問院が刑事訴訟法類似の手続に基づき懲戒処分を実施することとしている。すなわち、同条例によれば、何人も非違行為があると認めたときは、審問院監察室(検察庁に相当する。)に申告(告訴ないし告発に相当する。)することができる(同条例二条一項)。審問院監察室は、申告があったときまたは自ら僧侶につき非違行為があると認めたときは、事実の調査および証憑を蒐集して、監事(検察官に相当する。)の合議により、提訴(起訴に相当する。)すべきものと認めた場合は、審問院審問室(裁判所に相当する。)に提訴しなければならない(同条例三条一項)。審問院審問室は、審問院長の指名した三人の審事(裁判官に相当する。)で審問会を構成し(同条例一一条一項)、審問(裁判に相当する。)を行なう。審問は、初審および再審に分かれ(同条例一〇条一項)、初審の判定(判決に相当する。)に不服のある当事者(審問院監察室および被申告者)は、判定書の手交または送達を受けた日から二〇日以内に、審問院長に再審(控訴に相当する。)の申請をすることができる(同条例三一条)。再審の申請を受理したときは、再審の審問会は、再審開始の決定をしなければならない(同条例三六条一項)とされ、再審開始の決定がなされたときは、懲戒の施行を停止しなければならない(同条例三六条二項)ものとされている。そして、再審判定確定の日をもって、懲戒施行の初日とする(同条例三六条三項)ものと規定されている。その他審問会に関しては、被申告人は補佐人一人を定めて意見の陳述をさせることができる(同条例八条一項)こととされており、審事の除斥、忌避および回避(同条例一二条、二四条)、提訴状の送達(同条例一四条)、審問会期日の決定および通知(同条例一五条)、判定書の必要的記載事項(同条例二八条)、初審冒頭手続(同条例二九条)など、刑事訴訟法にほぼ準ずる規定が設けられている。

(二) 本件懲戒処分

(1) 初審

被告設置にかかる審問院監察室は、昭和五六年一二月四日、被告設置にかかる審問院審問室に対し、「原告は、本件別院に輪番として在籍中、昭和五四年六月一二日、不法な院議会を開催し、被告と被包括関係を廃止する規則一部変更を審議未了のまま、昭和五四年六月一四日付で宗務当局に通告、さらに富山県庁にその認証申請書を提出したことは、宗門の秩序を紊乱したことは明白である。」として、その懲戒を求めて提訴したところ、右審問室は、昭和五七年三月二九日、右提訴事実および「招喚するも正当な理由なくして欠席した」との事実を懲戒事由であると認定し、同条例二一条、前記懲戒条例二九条を適用して、原告を重懲戒七年に処する旨の判定(本件懲戒処分)をなした。

(2) 再審

原告は、前同年四月一六日、右判定を不服として被告設置にかかる審問院(長)に対し、再審の申請をなしたが、右審問院の本件再審の審問会は、本件につき再審開始の理由を認めることができないとして、右審問条例三五条を適用し、右申請を却下するとの判定をなし、当該判定書を同月二六日に原告に送達し、もって、右判定は確定した。

(3) 重懲戒の内容

本件懲戒処分の種目は重懲戒であるところ、前記懲戒条例八条によれば、「重懲戒は、懲戒に処した期間中、自己が所属する寺院又は教会以外の場所において僧侶の分限を行なうことを禁止し、すべての役職務を差免し、教師、学階、褒賞及び一般衣体を除く衣体をはく奪し、堂班を最下級に降す。」ことになっている。すなわち、まず自己が所属する寺院または教会以外の場所において僧侶としての行為を行なうことは許されないのであるから、門徒の自宅で行なわれる葬式や年忌法要に出向いてお勤めをすることは一切できなくなる。次に、すべての役職務を差免されるのであるから、仮りに寺院の住職の地位にあるものは、それも失うこととなり、自己の寺院において行なわれる法要等についても住職として出仕することはできないこととなる。さらに、教師、学階等をはく奪し、堂班を最下級に降すとは、要するに僧侶として、得度式を受けた直後の最も低い階級に戻されることであり、あらゆる儀式における序列が最下位になるということである。結局、重懲戒に処せられると単に僧侶という身分が残るだけであって、僧籍のはく奪を内容とする除名処分に極めて近い、過酷な処分が重懲戒であるということになる。

3  本件懲戒処分の違法性

(一) 手続的違法

(1) 前記審問院審問室は、原告に対し、原告の非違行為事件につき、昭和五七年一月二一日に審問会を開くから、右審問院に出頭されたいとする昭和五六年一二月二五日付の審問会の期日の通知および招喚状を発し、当該書面は同日ころ原告に到達したが、原告は右期日に欠席した。そこで、右審問院審問室は、原告に対し、再度、原告の非違行為事件につき、昭和五七年三月二九日に審問会を開くから、右審問会に出頭されたいとする同月一日付の審問会の期日の通知および招喚状を発し、当該書面は同日ころ原告に到達したが、原告は、右期日にも欠席した。そこで、右審問院審問室は、前記審問条例二二条に基づき、原告欠席のまま、その陳述を聞くことなく、本件懲戒処分をなした。

(2) ところで右条例二二条によれば、審問会は、招喚を受けた者が次の各号の一に該当する場合は、その陳述を聴かないで、これを判定又は裁決することができる。

一  欠席判定又は裁決を申し出たとき。

二  病気その他正当な理由がなくて指定された日から一五日以内に出頭しないとき。

こととされているところ、原告はかねてより、高血圧症、左心室肥大および偏頭痛症等の持病があり、特に偏頭痛の発作が起きたときは、発作が鎮まるまで数時間も横臥を余儀なくされる程であり、原告が、右のとおり審問会に出頭しなかったのは右の重大な持病によるのであるから、原告の欠席には、正当な理由があると言うべきである。現に、原告は、前記審問院に、昭和五七年一月一八日には、医師竹中全作成にかかる、「高血圧症等により、向後三か月間の安静加療を要する」旨の診断書を添付して同月二一日の審問会を欠席する旨の届出を、同年三月二五日には、「引続き療養中であって同月二九日の審問会には出席できないので、審問会を延期されたい」とする上申書の送付を、それぞれなしている。よって、原告が右審問会に出頭しなかったのは、正当な理由に基づくものであるから、右審問院審問室は、前記審問条例上、原告欠席のまま、その陳述を聴取せずに判定をなすことができないにもかかわらず、右条例に違反して欠席判定をなし、原告に対して本件懲戒処分をなしたのであり、よって、本件懲戒処分は手続的正義に反し違法・無効なものというべきである。

(二) 実体的違法

(1) 事実誤認

(イ) 前記審問院審問室は、本件懲戒処分の事由として、まず、「昭和五四年六月一二日、不法な臨時院議会を開催し」たことを掲げるが、右院議会(以下「本件院議会」という。)は、本件別院規則一九条に基づき、住職の命を受けて輪番である原告が招集し、開催されたものであって、右院議会の招集・開催の手続には何ら不法な点は存しない。

(ロ) 次に、右審問院審問室は、本件懲戒処分の事由として、「真宗大谷派と被包括関係を廃止する規則一部変更を審議未了のまま、昭和五四年六月一四日付で宗務当局に離脱を通告更に富山県庁にその認証申請書を提出した」ことを掲げるが、審議未了の点については、本件離脱の案件は、約二時間四〇分にわたって審議された上、議長であった菊野久太郎の審議完了との判断に基づき採決されることとなり、結局、賛成多数で原案どおり可決されたものであり、審議に関する手続等は当然のことながら当該院議会の議長の専権に委ねられていることからすれば、これら手続について院議会議員でもなかった原告には何ら関係のないことと言わざるを得ず、右の点につき何らの違法性をも認めることができないのは明らかである。また、認証申請書提出の点については、宗教法人法二六条、二七条、右規則一六条三項によれば、右認証申請書提出は、輪番としての当然の職務行為であったと認められ、そこに何らの違法性も存しないことは明らかである。

(ハ) さらに、本件院議会の構成員について見ても何ら違法性は存しない。すなわち、本件院議会の構成員である院議会議員について、さらに責任役員および総代(仮に本件別院規則四五条の趣旨から、規則変更にかかる院議会の審議に出席・関与が必要であると解しえたとしても)についても、これらが正当な資格を有するものであったか否かが問題となりうるが、本件院議会については、責任役員、総代、院議会議員のいずれについても、以下に述べるとおり、その資格には何らの不法も存しない。なお、本件院議会のように、被包括関係の廃止を議案とする院議会については、その議案の性格に照らし、別院条例八条所定の宗務総長等の承認は不要と解すべきである。

(a) 責任役員

〈1〉 本件別院規則によれば、責任役員につき

第六条 代表役員は、この寺院の住職の職にあるものをもって充てる。

第八条 この法人には、三人の責任役員を置く。

第九条 代表役員以外の責任役員は、左に掲げる者とする。

一  院議会が推薦した教師 一人

二  院議会が推薦した門徒 一人

第一〇条 代表役員以外の責任役員の任期は三年とする。

と規定されている。

〈2〉 同規則六条の代表役員については、大谷暢道が、昭和四六年一〇月四日に、本件別院の住職に就任し現在に至っていることから、同人が同日以降、代表役員の地位に就いている。

〈3〉 同規則九条一号の責任役員としては土屋昭が、同条二号の責任役員としては横山善作が、それぞれ、昭和五二年七月二日に開催された本件別院の院議会で推薦を受け、同日、責任役員に選定され、昭和五五年七月一日までその地位にあった。

(b) 総代

〈1〉  本件別院規則によれば、総代につき

第二三条 この寺院には、総代五人を置く。

2 総代は、門徒で衆望の帰するもののうちから、院議会の意見を聞いて選定する。

3 第一〇条の規定は総代に準用する。

と規定されている。

〈2〉  菊野久太郎、島田英治、牧野尚、岩崎外次郎、豊後長太郎の五名は、昭和五一年七月六日に開催された本件別院の院議会の意見の聴取を経て、同日、総代に選定され、昭和五四年七月五日までその地位にあった。

(c) 院議会議員

〈1〉  本件別院規則によれば、院議会議員につき

第一八条 院議会は左に掲げる四二人の議員で組織する。

一  誓立寺住職、仏厳寺住職、照円寺住職、妙蓮寺住職

二  高岡教区内組長 八人

三  総代 五人

四  崇教区域内の教師および門徒のうちから輪番の上申により住職が選定した者 二五人

2 前項第二号又は第三号に該当する議員の任期は、それぞれ組長又は総代の任期により、同項第四号に該当する議員の任期は三年とする。

と規定されている。

〈2〉 同規則一八条一項一号の議員(前記各寺院の住職に就任することにより当然に議員となり、任期はない。)として、仏厳寺住職上田祐邦、妙蓮寺住職竹部俊雄が就任している。なお、誓立寺住職土屋昭は代表役員以外の責任役員でもあるところ、本件別院では、代表役員以外の責任役員は議員とならない慣習があり、員数としては一名欠員との取り扱いとなり、また照円寺住職竹部教乗は列座に就任しているところ、本件別院では列座は議員とならない慣習があるため、員数としてさらに一名欠員の取り扱いとなるので、昭和五四年六月一二日当時の本件別院院議会議員の総数は四〇名となっていたが、本件別院においては、慣習上右のような事情が存する場合には、右のような欠員が生じても何ら不法は存しないとの取扱いになっていた。

〈3〉 同条一項二号の議員として

第一組 牧野大惠

第二組 堀友覚

第三組 立野義正

第四組 高瀬淨泉

第五組 堀部芳瑞

第六組 小島敏夫

第七組 小林知旭

第八組 大沢円定

が、昭和五四年当時、右の各組長の地位にあり、議員資格を有していた。

〈4〉 同条一項三号の議員として、前記の五名の総代がその議員資格を有していた。

〈5〉 同条一項四号の議員として、左の二五名が、いずれも昭和五三年六月一日に本件別院住職大谷暢道により議員に選定され、昭和五六年五月三一日までその地位にあった。

菅原窕、猪原暎、船見研雄、楠峻、轡田憬十、雄上正見、堀養一郎、吉田一雄、広明善一郎、竹田正直、伊藤米次郎、中島権之、坂口五作、上村英朔、石黒重一、式部平吉、山田恒敏、木下正孝、菊野豊二、加茂辰蔵、前川裕、南部保之、広井和吉、松村博、田中由太郎

(ニ) 右のとおり、前記審問院審問室が、本件懲戒処分の懲戒事由とした原告の非違行為(懲戒条例二九条)は、全くその事実的基礎を欠くものであるから、本件懲戒処分は事実誤認によるもので違法・無効と言うべきである。

(2) 憲法違反

原告は、本件別院の輪番に在職中、昭和五四年六月一二日に開催された本件院議会において、本件別院が被告との間の被包括関係を廃止する旨の案件につき、その審議に関与して議決に至らしめた上、宗教法人法(二六条)所定の手続を行ない、同年一二月二一日には、富山県知事に対し、右の被包括関係廃止を内容とする本件別院規則変更の認証申請をなした。なお、同県知事は、右認証申請を審査中で、これに対する決定は未だ下していない。ところで、被告(前記審問院審問室)は、明らかに、本件別院の離脱を阻止し、その手続に関与した原告に報復する目的で本件懲戒処分を行なったものであるところ、被包括宗教法人といえども、包括宗教団体とは別個の独立した宗教法人(団体)であって、その教義の選択等宗教上の意思決定は、同法人が独自に決定すべきものであり、宗教上の意思決定に基づく被包括関係の廃止(離脱)については、憲法に保障する信教の自由の精神に鑑みれば、包括宗教団体といえども、それへの介入は許されないものと言うべきであるから、前記のとおりの目的に基づいてなされた本件懲戒処分は、信教の自由を保障する憲法二〇条に違反し、公序良俗に違反するものというべく、私法上無効なものと解すべきである。

(3) 懲戒権の濫用

宗教法人法七八条一および二項によれば、(包括)宗教団体は、同法二六条三項により被包括宗教法人から当該宗教団体になされる離脱通知前または右通知後二年間においては、当該被包括宗教法人の離脱を防ぐ目的等で、その役員その他機関の地位にある者に対し、解任その他不利益な取扱いをなすことが禁じられ、これに違反してなされた行為は無効とされる。そして本件懲戒処分は、前記のとおり、本件別院の離脱を阻止し、その手続に関与した原告に報復する目的で、本件別院の機関ないしはそれに準ずるものと認められる輪番の地位にあった原告に対し、除名に次ぐ重大な不利益を生ぜしめる制裁を課す趣旨のものである。もっとも、本件においては、前記離脱通知は、昭和五四年六月一四日ころに被告の宗務当局になされたものであるから、本件懲戒処分は、右離脱後二年を超えてからなされたものであって、直接的には同条項の適用は認められないが、信教の自由(憲法二〇条)に基礎を置く、同条項の立法趣旨に照らせば、右離脱通知後二年内か否かで、不利益取扱いの禁止につき異なった対応をしなければならない合理的な根拠は見あたらないものと言うべく、してみれば、右離脱通知後二年を経過してなされた本件懲戒処分は、同条項の精神に反し、懲戒権の濫用に該当し、無効であると解すべきである。

4 よって、原告は、被告に対し、請求の趣旨記載のとおり、本件懲戒処分が無効であることの確認を求める。

二 被告の本案前の主張

裁判所法三条は、裁判所は憲法に特別の定めのある場合を除いて、一切の法律上の争訟を裁判する権限を有する旨規定するが、法律上の係争であっても、自律的な法規範をもつ社会ないし団体内部の係争については、当該規範の実現を内部規律の問題として自治的措置に任せるのが適当であり、裁判による解決を適当としないものがあると言うべく、かかる係争は、同条の法律上の争訟に該当せず、司法権が及ばないと解するのが相当である(最高裁判所昭和三五年一〇月一九日判決・民集一四巻一二号二六三三頁)。特に本件の如く、被告のような自律的な法規範として宗憲以下の内部規定を有する宗教法人の所属僧侶に対する懲戒処分については、懲戒機関・懲戒手続・懲戒事由が規定されており、宗教法人法八五条の趣旨と相まって、宗教法人の自律性が特に強く要請されているものと言うべきである。したがって、本来団体内部の問題とされる懲戒処分について、それが被処分者の生活の基盤を覆すほど重大である場合には、市民法秩序に連なる問題であるとして例外的に司法権の及ぶことがあるとしても、このような例外はできるかぎり慎重に認められなければならないところ、原告は、本件懲戒処分後も現在に至るまで、なお本件別院の輪番と称して本件別院を占拠し、本件別院の事業・会計を事実上掌理しており、経済的にも全く打撃を受けていないのであるから、本件懲戒処分により原告の生活の基盤が覆されたとは言えず、本件は司法権の及ぶ例外にはあたらないと解すべきである。

よって、本件訴えは、不適法として却下されるべきである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論等

1  本件の如き、宗教団体内部で行なわれる懲戒処分に関する争いについては、当該宗教団体が自律的な法規範を有する団体で、かつ、当該懲戒処分が内部規律の問題にとどまるかぎり、当該宗教団体の自律性尊重の見地から、これを司法権の対象とならないものと解すべきことは、原則論としては正当と言うべきである。しかし、当該懲戒処分が

(一) 被処分者の生活の基盤を覆す程、重大なものであり、かつ、

(二) 当該懲戒処分手続が著しく正義に悖るか、当該懲戒処分が全く事実上の根拠に基づかないか、または、内部規律に照らしても、なお当該懲戒処分の内容が社会通念上、著しく妥当性を欠く場合には、当該懲戒処分は、当該宗教団体の単なる内部規律の問題にとどまるとは認められないから、例外的に、司法権の対象となると解すべきである。

2  ところで、本件懲戒処分は、重懲戒七年という内容のものであって、僧侶の身分は残るものの、その他の宗教上、団体上の地位を剥奪し、被処分者の活動を不可能ないし著しく困難にし、さらに、その収入の道をとざす過酷なものであるから、(原告の)生活の基盤を覆す程の重大なものであり、かつ、前記のとおり、その手続は著しく正義に悖り、その事実上の基盤は全く欠如していると認められ、その内容も社会通念上著しく妥当性を欠くものと言わざるをえない。してみると、本件懲戒処分は、明らかに前掲の(一)および(二)の各要件を充たすから、司法権の対象となると解すべきである。なお、(一)の要件の判断にあたっては、被処分者が、当該被包括宗教法人に関する事務等を事実上行なっているか否かなどの事情は考慮されるべきではない。

四  請求原因に対する認否・反論

1  請求原因1(一)の事実および同1(二)の事実のうち、原告が被告の僧侶であることはいずれも認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3(一)(1)の事実は認める。同3(一)(2)の事実および主張のうち、被告審問条例二二条の存在および内容、原告が、前記審問院に、昭和五七年一月一八日には、診断書を添付した欠席届を、同年三月二五日には上申書の送付をそれぞれなしたことは認め、その余は否認ないし争う。原告は、本件懲戒処分手続の当時、本件別院の輪番と称してその職務を行なっていたのであって、本件懲戒処分についての審問会に出頭できないような重大な病気ではなかったのであり、原告の不出頭は故意のものであるから、本件懲戒処分についての欠席判定には何らの違法も存しない。

4  請求原因3(二)(1)(イ)および(ロ)の事実および主張のうち、懲戒事由とされた事実関係、本件別院が、被告からの離脱の手続を行なったとして富山県知事に認証申請していることは認め、その余は否認ないし争う。被告の反論の詳細は以下のとおりである。

被告の宗憲七一条によれば、「枢要の地に別院を設け、その住職は、法主がこれを兼務する。但し、特に必要を認めた時は、住職を任命することができる。」とされ、別院の住職について宗派の本山たる本願寺住職である法主との兼務の原則を定めており、宗派との不離一体の原則は右宗憲上、明らかである。さらに、右宗憲の規定をうけて設けられた、被告の別院条例では、その一条において、「別院は枢要の地又は開教上必要ある地若しくは由緒によりこれを設け、その地方の弘教の中心とする。別院の設置、移転、合併及び廃止は、教区又は開教区の意見を聞いて、宗議会及び門徒評議員会の議決を経て、管長が定める。ただし、宗議会および門徒評議員会の議決を経るいとまがないときは、参与会及び常務員会の議決をもってこれにかえることができる。」と規定し、別院が宗派の意思により設置されるものであることを明らかにしている。また、右条例二条は、「別院に崇敬区域を設け、その区域内の寺院、教会、僧侶及び門徒が別院の護持に当たるものとする。宗教区域は、教区又は開教区の意思を聞いて、宗務総長が定める。」と規定し、別院の護持運営は宗派の責任であることを定めており、別院が宗派の直轄寺院としての性格を有することは明らかである。したがって、別院は、宗派内の崇敬区域内の崇敬の中心、教化の中心道場として存立し、別院の帰趨にかかわる重要行為はこれら宗派の寺院、門徒の直接の利害にかかわるものである。さらに、本件別院規則四三条によれば、別院の規則の変更、予算その他の重要事項には、崇敬区域内の宗派の寺院、門徒の代表者から構成される院議会の議決を経ることを要し、同規則四五条によれば、右重要事項のうち規則変更、合併または解散について宗派の管長の承認も要し、同規則四七条によれば、別院解散時の残余財産は、宗派に帰属するものとされる。したがって、右規則をみても、別院が宗派と不離一体のものであることは明らかと言える。そうすると、被告および本件別院の内部規範上、被告(宗派)と(本件)別院は不離一体の関係にあるのであるから、このような関係にある(本件)別院につき、被告の僧侶が、これを被告(宗派)から離脱させることは、被告に対する極めて重大な造反行為と言わざるをえず、したがって、右行為が宗門の株序の紊乱に該当することは明らかである。

5  請求原因3(二)(1)(ハ)の事実および主張のうち

(一) (a)については、〈1〉を認め、〈2〉のうち、大谷暢道が、昭和四六年一〇月四日に本件別院の住職に就任したことは認め、その余は不知、

(二) (b)については、〈1〉は認め、〈2〉につき、原告主張の五名の者の総代としての任期は、昭和五一年四月一日から昭和五四年三月三一日までであり、

(三) (c)については、〈1〉は認め、〈2〉につき、本件別院規則一八条一項一号の議員に該当する者は、誓立寺住職である土屋昭、仏厳寺住職である上田祐邦、妙蓮寺住職である竹部俊雄、照圓寺住職である竹部教乗の四人であり、〈3〉のうち、堀部芳瑞以外の者に関する部分は認めるが、同人は、昭和五四年八月一日に組長に就任し、同年六月一二日当時は、同条一項二号の議員資格を有しておらず、〈4〉につき、原告主張の五名の者の総代としての任期は、昭和五一年四月一日から昭和五四年三月三一日までであり、〈5〉につき不知

である。したがって、原告が手続的に不法な院議会を開催したことは明らかである。すなわち、原告は院議会の構成員について責任役員および総代という重要な役職者を選任せずに院議会の招集を行なっており、これら役職者は、本件別院規則四五条にも明らかなとおり、同規則の変更につき、その同意が必要とされている者であって、いわば院議会の審議にも不可欠の重要な役職者であるから、これらの者を欠いた院議会の開催は不法なものとならざるをえないからである。のみならず、別院条例八条によれば、輪番は、院議会の議決または同意を要する事項については、宗務総長および住職の承認を得なければならないことになっているところ、規則変更については院議会の議決が必要であるのに、本件院議会の開催については宗務総長に対する承認を得ようとしていない点にも、輪番であった原告の義務違反は明らかである。

6  請求原因3(二)(2)の事実および主張に対する被告の反論は、以下のとおりである。

宗教法人法に定められた包括・被包括関係の廃止(離脱)が、憲法上の信教の自由にかかわるものであることには何ら異論はないが、本件においては、原告は、被告に僧侶として所属しながら、井波別院を被告から離脱させようとして、被告の団体としての存立に重大な危険を生ぜしめたにもかかわらず、自らの信教の自由を実現するために、被告の僧籍を離れるなどの手段をとるのなら格別、一方で被告の僧籍に留まりながら他方、前記離脱にもとづく本件懲戒処分を、その信教の自由を理由に免れようとするが如きは、全く自からの利益のみを絶対視し、他者の利益を全く顧慮しない一方的な立論であると言わねばならず、よって、本件懲戒処分が、憲法上の信教の自由を侵害し、公序良俗違反となると言いえないことは明白である。

7  請求原因3(二)(3)の事実および主張に対する被告の反論は、以下のとおりである。

宗教法人法七八条の規定が、包括宗教団体が、被包括宗教法人の離脱を不当に制限することを防止し、被包括宗教法人の信教の自由を保障しようとしたものであることには異論はない。しかし、他方、宗教団体が同一の信仰の下に団体を結成することも信教の自由の一部として保障される。したがって、当該宗教団体が、団体として、その内部秩序を維持するために懲戒手続・処分を行なうことは、当然に認められることであるし、就中、信仰につき異端を主張するような者に対し、重い懲戒処分を科しうることは、前記のとおり、当該宗教団体に、その信教の自由の一部として保障されるべきである。以上の見地からすれば、同法七八条による不利益取扱いの禁止の趣旨は、包括宗教団体が、被包括宗教法人の離脱を阻止するために、被包括宗教法人の役員または機関を解任し、権限に制限を加える等の不利益取扱いを行なって離脱を妨害することを禁じたものであって、離脱手続の進行を直接妨げると認められる効果ないし内容に限って、当該懲戒処分を無効にするものにすぎないと解すべきである。本件では、被告の本件懲戒処分自体は、離脱手続の進行を直接妨げる内容とは認められず、ただ、本件懲戒処分の結果、原告が、本件別院の輪番の地位を喪失するに至るか否かの点について、同条の制限が問題となるにすぎない。もっとも、本件懲戒処分は、同条所定の離脱通知の日(昭和五四年六月一四日)から二年の期限を経過して後のものであるから、同条適用の余地はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  本案前の主張について

被告は、本件懲戒処分は、原告の生活の基盤を覆すようなものではなく、内部規律の問題として、被告の自治的措置に任せるのが適当な事項であり、さらに宗教法人法八五条の趣旨をも考慮すれば、裁判所法三条所定の法律上の争訟には該当せず、よって、司法権の対象にならない旨主張するので、以下、この点について検討する。

一般に、宗教団体における懲戒処分については、憲法によって保障された信教の自由を保障するため、当該宗教団体の自律性が可及的に尊重されねばならず、国家権力の介入は、できるかぎり差し控える必要があるから、原則的には、当該宗教団体の内部規律の問題として、国家権力の一つである司法権の介入は許されず、司法審査の対象にならないと解される。しかし、他方、当該懲戒処分により不利益を被った者の権利の救済もはかられなければならないから(憲法三二条)、当該懲戒処分が、当該宗教団体における単なる内部規律の問題にとどまらないと認められる場合には、被処分者等の権利の救済の要請を重視し、例外的に、当該懲戒処分に司法権が及ぶものと解するのが相当である。すなわち、一般に、当該懲戒処分が被処分者等に多少の一般社会生活上の不利益を派生させるとしても、その主たる不利益が、当該宗教団体内部における資格、名誉の停止・剥奪等の内部的なものにとどまる場合には、当該宗教団体の内部規律にとどまると認められ、司法審査の対象とはならないが、一般社会生活上の不利益が、たとえ派生的に生じるものではあっても、当該懲戒処分によって、被処分者等の生活の基盤が覆される等一般社会生活上の重大な利益が侵害される場合には、もはや当該宗教団体の内部規律の問題にとどまらないと認められ、司法審査の対象になると解すベきである(京都地方裁判所昭和五三年二月二七日判決、同庁昭和六一年七月三一日判決((乙第一八号証))、同庁昭和六二年二月一九日判決((乙第一九号証))、大阪高等裁判所昭和六三年六月一七日判決((乙第二七号証))など)。

そこで本件懲戒処分について見るに、本件懲戒処分の内容は重懲戒七年というものであったこと、重懲戒とは、「懲戒に処した期間中、自己が所属する寺院又は教会以外の場所において僧侶の分限を行なうことを禁止し、すべての役職務を差免し、教師、学階、褒賞及び一般衣体をはく奪し、堂班を最下級に降す。」もので、自己が所属する寺院または教会以外の場所において僧侶としての行為を行なうことは許されず、門徒の自宅で行われる葬式や年忌法要に出向いてお勤めをすることは一切できなくなり、また、仮りに寺院の住職の地位にあるものは、それを喪失し、自己の寺院において行なわれる法要等についても住職として出仕することはできなくなり、さらに、僧侶として、得度式を受けた直後の最も低い階級に戻され、あらゆる儀式における序列が最下位となり、結局、単に僧侶という身分が残るだけで、僧籍のはく奪を内容とする除名処分に極めて近い苛酷な処分であることは、いずれも当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、原告は、被告所属の僧侶であり(当事者間に争いがない。)、岐阜県に所在する浄誓寺を自坊とし、昭和五七年三月二六日まで、同寺の住職を勤めるとともに(その後は、原告の息子が同寺の住職を引き継いでいる。)、昭和四七年八月二五日には、本件別院の輪番に任命され、本件別院の寺務一般を担当遂行し、その手当として月約一五万円の支給を受けるなど(昭和五六年一二月には、期末手当、交通手当も含め、総額四四万円を支給されている。)、もっぱら浄土真宗の教義の普及等の活動に従事し、右活動をその生活の基盤とする者であったこと、本件懲戒処分により、本件別院および原告の自坊(浄誓寺)周辺地域等において、原告の僧侶としての評価は低下し、門徒等から葬式等の儀式に出席を求められる回数は減少し、また、右浄誓寺の法要等につき、現住職に支障のあるときは、原告が、代わりにこれを施行すべきであるにもかかわらず、差し控えざるを得ない状況にあることを認めることができ、右認定に反する証拠はない。以上の事実によれば、原告の生活は、被告所属の僧侶としての活動にほぼ全面的に(経済的、社会的、精神的に)依存するものと認められるから、原告にとって、被告所属の僧侶にかかる地位・活動に対する重大な制約等は、単なる、宗教団体たる被告内部における資格・名誉の問題にとどまらず、その一般社会生活においても重大な打撃となることは明らかである。そして、本件懲戒処分は、前記のとおり除名に次ぐ重い内容のものであって、しかもその期間も七年の長期にわたっており、さらに、本件懲戒処分の結果、現に、原告の僧侶としての評価は低下し、僧侶としての活動にも相当程度の支障が生じていることをも考慮すれば、本件懲戒処分の被処分者たる原告の生活の基盤は、本件懲戒処分により重大な脅威を受け、その一般社会生活上の重大な利益が侵害されているものと認めるのが相当である。よって、本件懲戒処分の有効・無効の問題は、もはや宗教団体たる被告の単なる内部規律の問題にとどまらず、司法審査の対象になると解される。

被告は、原告は、本件懲戒処分後も現在に至るまで、なお本件別院の輪番と称して本件別院を占拠し、本件別院の事業・会計を事実上掌理していることから、本件懲戒処分により原告の生活の基盤が覆されたとは言えない旨主張するが、そもそも、このような事実上の活動は、宗教団体である被告の内部において、何ら正当性の裏付けのないものであって、これを続けていくことが将来にわたって保障されているわけではなく、したがって、このような原告の立場は極めて不安定なものに過ぎないと言うべきであるから、右活動を根拠に原告の生活の基盤は何ら影響を受けてないとすることはできない。

以上、被告の本案前の主張は採用できず、本件懲戒処分は司法審査の対象となると解すべきである。

二  請求原因について

1  請求原因1の事実(当事者)のうち、(一)(被告の宗教法人性等)および(二)(原告の地位)中原告が被告の僧侶であることは当事者間に争いがなく、(二)のその余の部分は、〈証拠〉を総合すれば、これを認めることができる。

2  請求原因2の事実(本件懲戒処分等)は当事者間に争いがない。

3  同3の事実および主張(本件懲戒処分の違法性)について

(一)  まず、同3(一)(手続的違法事由)について検討する。

(1) 同3(一)(1)の事実(本件懲戒処分が欠席判定でなされたこと等)、同3(一)(2)(被告審問条例二二条の趣旨、本件懲戒処分手続における原告欠席の経緯等)のうち、右条例二二条の存在および内容、原告が、前記審問院に、昭和五七年一月一八日には診断書を添付した欠席届を、同年三月二五日には上申書の送付をそれぞれなしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(2) そこで、本件審問会への原告の不出頭が、右条例二二条二号所定の「正当な理由」がなくてなされたものであるかの点につき、以下検討する。

(イ) まず、同条例二二条二号の「正当な理由」がないときとはいかなる場合をいうのかの点につき検討する。

ところで前記争いのない請求原因2(一)の事実(被告における懲戒処分手続の概要)を前提として考察すれば、一般に、懲戒処分等の事件において、被申告者等が、審問院から審問会への出頭を求められ(招喚)たのに対し、社会通念上出頭が困難であると認められる事情がないのに、当該審問会に出頭しない場合には、当該被申告者等は、審問会等における防禦の利益を放棄したものと認められ、したがって、また、右の場合不出頭の事実自体によって、当該提訴事実を自認したものとみても酷とはいえない。そこで、同条例二二条二号の規定は、国家と異なり、被申告者等の身柄の拘束の認められない私的な宗教団体(被告)において、被申告者等の不出頭のまま判定等を行なうことに合理的な理由があると認められる前記場合に限って、その陳述を聞かないでする欠席判定を許したものと解される。

よって、同条例二二条二号の「正当な理由」がないときとは、社会通念上、出頭が困難であると認められる事情がない場合をいうと解すべきである。

(ロ) そこで、本件審問会への原告の不出頭につき、社会通念上、出頭が困難であると認められる事情が存在したかの点について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、以下のとおりの事実を認定でき、これを覆すに足りる証拠はない。

(a) 被告の審問院監察室は、昭和五六年一〇月ころから一一月ころにかけて、本件離脱にかかる原告の非違行為を調査するため、尋問を目的に原告の出頭を求めたが、原告はこれに応じることはなかった。その際、原告は、不出頭の理由につき、単に都合によりと述べることはあっても、特に、偏頭痛等の病気を挙げることはなかった。

(b) 右監察室は、同年一二月四日、右非違行為にもとづき、原告を被告の審問院審問室に提訴したので、被告の審問院は、同月二五日付で原告に対し、昭和五七年一月二一日に、右提訴にかかる懲戒手続事件につき、審問会を開く旨通知し、原告を招喚した。これに対し、原告は、同月一八日付で、右審問会を欠席する旨届出をなしたが、その際、原告が欠席の理由として、高血圧症、左心室肥大、偏頭痛等の病名の診断書を添付した。

(c) そこで、右審問院は、本件別院に対し、原告の出仕状況を問い合わせたところ、当時も月数回程度は本件別院に出仕していることが判明したので、同年三月一日付で、再度、原告に対し、同月二九日の審問期日を通知し、原告を招喚したが、原告は、同月二五日付で審問院に対し、前回の通知の際と同様の理由、とくに、持病である偏頭痛に苦しんでいるとの理由により欠席する旨の書面を送付した。

(d) その後、原告は、別件訴訟(京都地方裁判所昭和五八年(ワ)第三九七号)において、昭和六一年一月一七日証人として法廷に出頭し、相当長時間にわたり詳細な尋問を受けた。さらに、原告は、本件訴訟において、昭和六一年一一月一〇日から昭和六三年二月二六日までの間、合計四回にわたって、法廷で原告本人として尋問を受けたが、各回いずれも、相当長時間にわたり、詳細に供述したにもかかわらず、特段の支障は生じなかった。

以上の事実を総合すれば、原告は、前記の二回の審問期日を欠席した当時において、偏頭痛、高血圧症、左心室肥大の持病があり、主たるものは偏頭痛であったこと、しかし、右偏頭痛は、審問期日に出頭し、尋問を受けることを不可能または困難とする程度のものではなかったこと(〈証拠〉中には、右認定に反する記載、供述部分が存するが、前掲各証拠と対比すれば、にわかに措信しがたい。)、右偏頭痛の他には、原告の審問会への出頭を特に妨げる事情は見あたらなかったことが推認され、これらの事実によれば、右欠席の当時、原告には、社会通念上、出頭が困難であると認められる事情はなく、したがって、前記条例二二条二号の「正当な理由」がないときに該当していたものと解される。

(3) 以上によれば、本件懲戒処分の手続上、前記審問条例に違反して欠席判定がなされたとの原告の主張は採用できない。なお、前記請求原因2(一)の事実によれば、被告における懲戒処分手続を定めた右審問条例の規定は、刑事訴訟法類似の厳格・適正なものと認められるから、右規定自体が手続的正義に反し、違法なものでないことも当然である。

(二)  次に、請求原因3(二)(実体的違法事由)について検討する。

(1) 懲戒事由とされた本件院議会の手続上の違法事由の不存在について

請求原因3(二)(1)(イ)(本件院議会の招集・開催手続における違法事由の不存在等)および同3(二)(1)(ロ)(本件院議会における審議未了の事実の不存在等)の各事実のうち懲戒事由とされた事実関係、本件別院が、被告からの離脱の手続を行なったとして富山県知事に認証申請していることは当事者間に争いがない。

右争いのない事実、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(イ) 原告や本件別院関係者らは、昭和五三年八月ころ被告の内局側から発表された宗憲改正案が、支持し難い内容であると判断し、この上は、本件別院を被告から離脱させるほかないと考え、本件別院関係団体等に対しても、右離脱につき理解・協力を求める運動等を実施した上、昭和五四年四月ころから、本件別院の役員等の間で、内部的に離脱手続を進めた。

(ロ) 本件別院規則によれば、被包括関係の廃止(離脱)等、その改正のための手続については、責任役員・総代全員の同意のほか、院議会の議決等が必要であるとされ(同規則二二条、四五条)、院議会については、住職の命を受けて輪番が招集することとされ(同規則一九条。なお、議案の明示までは要求されていない。)、議事手続に関し、定足数は総議員の半数以上であること(同規則二一条一項)、議長は、出席議員の互選によって選任されること(同規則二〇条)、議決は、出席議員の過半数によりなすこと(同規則二一条二項。但し、可否同数のときは、議長が決する。)などと定められている。

(ハ) 原告は、本件別院住職である大谷暢道の命により、昭和五四年六月八日ころ、右離脱のための本件別院規則の改正を目的とする臨時院議会を招集し、その旨関係者に通知し、同月一二日に、本件別院虎の間において本件(臨時)院議会を開催した。本件院議会には、上田祐邦、竹部俊雄、牧野大惠、立野義正、堀部芳瑞、小林知旭、菊野久太郎、島田英治、牧野尚、豊後長太郎、菅原窕、猪原暎、船見研雄、楠峻、雄上正見、堀養一郎、吉田一雄、伊東米次郎、中島権之、上村英朔、石黒重一、式部平吉、山田恒敏、木下正孝、加茂辰蔵、前川裕、南部保之の二七名が出席し、堀友覚、高瀬浄泉、小島敏夫、岩崎外次郎、轡田憬十、竹田正直、坂口五作、広井和吉、松村博、田中由太郎の一〇名は原告に委任状を交付し、議決権の行使を委ね、欠席したのは、大沢円定、広明善一郎、菊野豊二の三名で、代表役員大谷暢道、責任役員土屋昭、同横山善作、輪番である原告、詰番古瀬健二らが臨席した。本件院議会では、まず、菊野久太郎が議長に選任された後、右菊野が議長として議事を進行させ、同日午後五時三〇分から、同八時一〇分まで三〇分間の休憩をはさんで討議が行われた。すなわち、まず、輪番である原告が、議案である右離脱について、その提案理由、提案に至る経緯等を相当詳細に説明した上、積極・消極等各立場の者から相当活発な質疑があり、原告が、これら質疑に応答し、最後に、前記伊東が代表して賛成意見を、前記牧野が代表して反対意見をそれぞれ表明し、これらの討議討論の結果、議長が議決に熟したものと判断して採決したところ、前記委任状の交付者一〇名を含めて、賛成三二名の多数で、右議案を可決するに至った。右議案を可決するに至る過程において、議事が著しく混乱紛糾するなどの事態が生じたことはなく、反対意見を有する者の発言が一方的に抑制されるなどの不公正な議事の運営がなされたこともなく、採決も、これに反対する者を無視するなど強行されたものでもなかった。

なお、証人伊知巍照は、本件院議会について、事前通知が十分なされてなかった、或いは、審議未了であった等証言しているが、いずれも伝聞に過ぎず、前掲各証拠と対比して信用できないし、乙第一号証中にもほぼ同内容の部分が存するが、これも右と同様の理由により信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

そこで、右争いのない事実および右認定事実によれば、右(臨時)院議会の招集・開催の過程において、本件離脱に反対する本件別院関係者等に対し、ことさら、これを検討・反論する機会を奪うような不公正な手続がなされたなどの事実はなく、右院議会の審議の過程においても、審議未了等のまま不当に強行採決を行なうなど手続上不公正と認められる事由もなかったと認められる(なお、右離脱にかかる県知事への認証申請の違法性は、右院議会の違法性の存在を前提とするものであることは明らかであり、独立に違法を構成しうるものではない。)。

以上、本件院議会の開催手続等については何ら違法性は存在せず、よって、懲戒事由となるべき非違行為も存在しなかったと認めるのが相当である。

(2) 本件懲戒処分の根拠とされた本件臨時院議会の構成員等の資格についての違法事由の不存在について

(イ) 代表役員以外の責任役員および総代の資格について

請求原因3(二)(1)(ハ)(a)(責任役員)および同3(二)(1)(ハ)(b)(総代)の事実のうち、(a)〈1〉(本件別院規則における責任役員の規定)、大谷暢道が、昭和四六年一〇月四日に本件別院の住職に就任したこと、(b)〈1〉(本件別院規則における総代の規定)は当事者間に争いがない。そして、〈証拠〉を総合すれば、本件別院規則では、本件別院の住職が、院議会の推薦・意見聴取の手続を経て、代表役員以外の責任役員、総代をそれぞれ選任する定めとなっているところ、本件別院の住職である大谷暢道は、昭和五二年七月二日ころ、本件別院規則九条一号所定の責任役員として土屋昭、同規則九条二号所定の責任役員として横山善作をそれぞれ(再)選任し、また、昭和五一年七月六日ころには、総代として菊野久太郎、島田英治、牧野尚、岩崎外次郎、豊後長太郎の五名を(再)選任したこと、本件別院の定例院議会につき、昭和五一年度は同年七月六日に、昭和五二年度は同年七月二日にそれぞれ開催されたが、右の両院議会では、代表役員以外の責任役員の推薦、総代についての意見聴取の手続が明示的にとられたことはなく、右各年度以前においても、相当長期間にわたって、右責任役員等の選定が再任の場合にはこれらの手続が明示的に行なわれていた形跡はないこと、本件別院においては、右各年度のかなり以前から、定例院議会を当該年度の六月から七月にかけて開催する慣例となっていたこと、代表役員以外の責任役員および総代の任期は、住職による選任の日から始まり、その改選が行われるべき定例院議会の開催前にその任期が終了する場合においても、本件別院規則上は、後任者は現任者の任期満了一月前までに選定しなければならない(一〇条、二三条)のに、実際は、その任期終了前に、これらの機関の後任者の選定のため、院議会を開催するなどの処置をとることはなく、任期終了後も引き続いて、従前、代表役員以外の責任役員および総代の地位にあった者が、それぞれ、これらの機関の職務を行なう取り扱いになっていたこと、右の各(再)選任の後、前記横山らが代表役員以外の責任役員として、前記菊野ら五名が総代として、それぞれの職務を行なったが、これに対して、その資格の存在に異議を唱える者はなく、昭和五三年度の定例院議会においても、昭和五四年六月一二日開催の本件臨時院議会においても、これらの者の資格を問題にする者は全くなかったことが認められ、以上の認定に反する〈証拠〉はいずれも前掲各証拠と対比して採用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

以上認定した事実によれば、右選任にかかる代表役員以外の責任役員および総代につき、本件別院規則所定の院議会の推薦または意見聴取の手続が明示的にとられたものとは認められないけれども、右認定した本件別院の院議会においては、従来、これらの手続を厳格に実施していなかったことおよび前記各(再)選任された者につきその後の院議会で異議も出ていないこと等に徴すれば昭和五一年度の定例院議会において黙示的に右各総代の意見聴取が、また、昭和五二年度の定例院議会においても同様に黙示的に右各責任役員の推薦が行なわれたものと推認され、そうでないとしても、少なくとも、その後開催された昭和五三年度の定例院議会ないし本件臨時院議会において、本件別院院議会が(全員一致)で右選任を追認(事後的な追認・意見聴取)したものと認めることができる。してみれば、本件臨時院議会の構成員である責任役員および総代についての選任手続には、前記本件別院規則に違反した瑕疵が一旦は生じたものとしても、結局、右瑕疵は治癒され、右臨時院議会当時におけるこれらの者の資格には問題はなかったものと解するのが相当である。

(ロ) 院議会議員の資格について

請求原因3(二)(1)(ハ)(c)(院議会議員)の事実のうち、〈1〉(本件別院規則における院議会議員の規定)、本件別院規則一八条一項一号所定の議員として、仏厳寺住職上田祐邦、妙蓮寺住職竹部俊雄がそれぞれ就任していること、同条項二号所定の議員として、第一組の牧野大惠、第二組の堀友覚、第三組の立野義正、第四組の高瀬浄泉、第六組の小島敏夫、第七組の小林知旭、第八組の大沢円定が、昭和五四年六月一二日当時、それぞれ各組長に就任しており、院議会議員の資格を有していたことは当事者間に争いがない。また、同条項三号所定の議員につき、前記菊野ら五名が総代に就任していたことは前記(イ)のとおりである。そして、〈証拠〉を総合すれば、同条項一号議員につき、誓立寺住職は土屋昭が、照円寺住職は竹部教乗がそれぞれ就任していたが、本件別院においては、責任役員または職員の地位に在る間は、慣例として院議会議員の地位に就かない取り扱いとなっていたところ、本件臨時院議会の開催の当時、右土屋は責任役員に、右竹部は列座(本件別院の職員の一である。)であったことから、右両名は院議会議員の地位に就きえず、また、同号の規定内容に照らせば、これらの者の代わりの議員を補充選任するということも不可能であることから、結局、総議員は前記期間中は四〇名ということになること、同条項四号所定の議員につき、前記大谷暢道が、昭和五三年六月一日に、菅原窕、猪原暎、船見研雄、楠峻、轡田憬十、雄上正見、堀養一郎、吉田一雄、広明善一郎、竹田正直、伊藤米次郎、中島権之、坂口五作、上村英朔、石黒重一、式部平吉、山田恒敏、木下正孝、菊野豊二、加茂辰蔵、前川裕、南部保之、広井和吉、松村博、田中由太郎ら二五名を議員に選定したことを認めることができ、これを動かすに足りる証拠はない。そして、同条項二号所定の議員につき、原告の主張する堀部芳瑞が、昭和五四年六月一二日以前に高岡教区内第五組長に就任したことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、本件臨時院議会開催当時原告主張の院議会議員らのうち、堀部芳瑞については、議員資格を認めることはできないが、その他の者については、これを認めることができるとともに、本件別院での前記慣例の結果、院議会議員は総数四〇名として扱われるべき状態となっていたことも認めることができる。

なお、〈証拠〉によれば、被告設置にかかる別院の輪番については、院議会の議決を要する事項につき、宗務総長の承認を得る義務が課されているが、(別院条例八条四項)、宗教法人法二六条一項後段の趣旨(信教の自由の可及的保障)に照らし、右の議決中には、被包括関係の廃止のための別院規則の改正を目的とするものは含まれないと解するのが相当であるから、原告が、右承認の手続をとったか否かを問題とするまでもなく、この点について違法は存しないこととなる。

(三)  本件懲戒処分の違法・無効について

(1) 懲戒権の濫用

(イ) 宗教団体の懲戒権については、前述のとおり、団体としての自律性の尊重および信教の自由の保障の要請等に基づき、その行使に広い裁量が認められるベきであるから、たとえ当該懲戒処分が前記の要件を充たし司法審査の対象となる場合であったとしても、当該懲戒処分が懲戒処分の濫用と認められ、公序良俗に反し違法無効とされるのは、〈1〉当該懲戒処分が適正な手続に従って行なわれていないと認められる場合、〈2〉当該懲戒処分の基盤とした事実の重要な部分に誤認があると認められる場合または〈3〉当該懲戒処分の内容が、当該懲戒処分の原因となった非違行為の性格、程度に比し著しく均衡を失する程重いものであるなど、社会観念上著しく妥当性・相当性を欠き、正義の観念に反するものと認められる場合に限られると解するのが相当である(前掲各判例参照。)。

(ロ) そこでこれを本件について見るに、まず、本件懲戒処分の手続に関しては、(一)で検討したとおり、被告の審問条例の規定する懲戒処分手続は、刑事訴訟類似の厳格・適正なものであって、手続的正義に反する不公正なものと認められないところ、本件懲戒処分は、右審問条例所定の手続に忠実に従って実施されたものと認められるから、〈1〉の場合に該当しないことは明らかである。

次に、〈証拠〉を総合すれば、被告の懲戒条例二九条は、「本派の秩序を紊乱し又はその企画をした者は、除名又は重懲戒に処する。」と規定しているところ、本件懲戒処分は、原告が本件別院を被告から離脱させる手続を行なったこと自体および、右手続の実施において本件別院規則に反する瑕疵ないし違反の事実があったことをもって、同条の「本派の秩序を紊乱し」た非違行為に該るとしてなされたものであるが、本件懲戒処分を被告の審問院がなした主たる理由は、原告が本件別院を被告から離脱させる手続を行なったこと自体であることが認められ、以上の認定に反する証拠はない。そして、同条の懲戒の種目が除名または重懲戒という極めて重いものであることに照らすと、「本派の秩序を紊乱し」たとは、被告の組織・体制に影響を及ぼすような重大な内部規律違反を指すものと解すべきであって、被告の被包括宗教法人の院議会に関する形式的な手続規定等についての違反は原則としてこれに含まれないと解されること、被告の審問院が本件懲戒処分をなした主たる理由は、前記のとおり原告の本件離脱手続自体に存することなどの諸点に照らせば、原告が本件離脱手続を行なったとの事実が存する場合は、本件懲戒処分の基礎となる事実につき、その重要な部分が欠落しているとは認められない。

ところで、原告が、本件別院の輪番として、住職の命のもとに本件臨時院議会を招集し、同別院を被告から離脱させることを内容とする規則一部変更の院議会決議につき、富山県知事に対する認証申請を行ったことは、原告の自認するところであり、〈証拠〉によれば、昭和五三年八月ころ、被告の宗憲改革案が発表された以降、本件臨時院議会開催当時まで、本件別院の門徒その他同別院関係者の間に、信仰上の理由を含め右改革案に反対する気運が高まり、同別院を被告から離脱させる運動が行われるようになったこと、原告自身も、信仰上の理由も含めて右改革案に反対し、右離脱を求める運動に加わっていたことが認められ、右各事実によれば、原告は(本件の離脱を内容とする規則一部変更の意思決定をした院議会議員ではないにせよ)本件離脱手続に加担したものと認めるのが相当である。

そして、〈証拠〉によれば、請求原因に対する認否・反論の4記載の事実(本件別院と被告(宗派)との関係)が認められ、この事実に照らせば、被告および本件別院の内部規範上、被告(宗派)と本件別院とは不離一体の関係にあると認めることができ、このような関係にある本件別院につき、被告の僧侶が、これを被告(宗派)から離脱させることは、被告の組織、体制に影響を及ぼす重大な内部規律違反に該るものというべきである。

そうすると、原告の本件離脱手続を行った行為は、前記「本派の秩序を紊乱した」行為に該当することとなる。さらにその上、前記認定のとおり、議員資格の認められない者が本件臨時院議会の審議・議決に加わっている手続違反ないし瑕疵が認められるのであるから、本件懲戒処分の基礎となる事実の重要な部分につき、事実誤認が存したもの(前記〈2〉の場合)と認めることは到底できない。また、本件懲戒処分の原因となった非違行為は、別院の被告(宗派)からの離脱を内容とするもので、被告にとって、その組織上、極めて重大な影響を被るべきものであることは明らかであるから、このような重大な非違行為に対して、前記のとおり、重懲戒七年という懲戒処分をなすことが著しく均衡を失するものとは言えず、よって、前記〈3〉の場合にもあたらないと解すべきである。

(ハ) 以上によれば、本件懲戒処分が懲戒権の濫用であるとは認められない。

(2) 宗教法人法七八条について

本件懲戒処分が、被告に対する本件別院の離脱通知後二年を経過したことは当事者間に争いがないから、同条一項および二項の適用が認められないことは明らかである。そこで以下、原告主張の如く、右離脱通知後二年を経過してなされた本件懲戒処分が、同条一項および二項の精神に反し、無効となるかという点につき検討する。

一般に、被包括宗教法人による包括宗教団体との被包括関係の廃止(離脱)は、包括宗教団体にとっては、その存立を脅かす極めて危険な分派行動と言うべきものであり(いわば極限的な内部規律違反行為である。)、その組織の防衛・維持の上から、これを可及的に抑圧・統制する必要があるが、他方、被包括宗教法人においては、信教の自由(宗教的結社の自由)の一内容としての側面を有し、その自由な実施が保障される必要がある。そこで、宗教法人法七八条は、右の矛盾・対立する要請を調整するために設けられたものと解される。すなわち、同条は、まず、被包括宗教法人の信教の自由の保障が憲法に由来するものであることを重視し、通常、離脱にかかる認証手続等が、その離脱通知から二年を経過するまでには終了して当該離脱の成否が確定的に決まることから、離脱通知前およびそれから二年を経過する前において、包括宗教団体による、離脱の防止を目的とする被包括宗教法人の機関に対する不利益処分が、一般に被包括宗教法人の離脱の自由を侵害する危険性が大きいものとし、右期間が経過するまでの右不利益処分を、当該離脱の理由のいかんにかかわらず一律に禁止し(大阪高等裁判所昭和五七年七月二七日判決・判例時報一〇六二号九四頁以下参照)、他方右期間経過後は、包括宗教団体の統制の利益を保障するため、右不利益処分も許されるものと規定したものと解される。そうすると、信教の自由の保障を第一次的に重視する同条の立法趣旨に照らし、右期間経過後であっても、右認証手続等が未完了であって、当該離脱の成否が未だ浮動的な状態にあるなど、包括宗教団体による不利益処分によって、被包括宗教法人の離脱の自由が侵害される危険が、右期間経過前と殆んど同程度であると認められる場合において、当該離脱が、もっぱら信仰・教義上の争いを理由とするものであって、これを理由に懲戒等の不利益処分を科すことが信教の自由の核心的部分を侵害すると認められるときに限り、同条を類推適用して、当該不利益処分を違法・無効とするのが相当と解すべきである。

そこで本件離脱について見るに、〈証拠〉を総合すれば、本件離脱は、いわゆる大谷派の内紛問題の一環として生じたものであり、全国的規模で、内局側による法主側関係者に対する大量の懲戒処分、これに対する法主側による各単位宗教法人の離脱の行動がなされ、これらをめぐる多くの訴訟事件が発生するなどしたこと、右内紛問題自体は、確かに信仰上・教義上の見解についての対立という、側面が存することは否定できないが、他方、法主側と内局側との宗派内部での権力抗争としての性格、さらには、大谷派に帰属する財産処分等についての主導権争いといった財産上の紛争としての性格を有することもまた否定できないこと、さらに、本件離脱の目的についても、信仰上・教義上の対立と言った側面とともに、本件別院に帰属する財産の宗派からの独立性を確保すると言った財産上の理由が存することも否定できないことなどの事実を認めることができ、これらの事情に照らせば、本件離脱をもっぱら信仰・教義上の争いを理由とするものであるとすることはできず、これを理由とする本件懲戒処分が信教の自由の核心的部分を侵害するものとは認められないと解される。

よって、その余の点を検討するまでもなく、宗教法人法七八条一項および二項を類推適用する余地はないと解される。

(3) 以上、本件懲戒処分の違法性に関する原告の主張はいずれも採用できない。

(四)  よって、本件懲戒処分を違法・無効と認めることはできず、原告主張の請求原因は理由がない。

4  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武田多喜子 裁判官 中嶋秀二 裁判官 太田尚成)

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